チキニッキ

チキの好奇心&思ったことニッキ

いくら韓国語がうまくなっても

こんばんは^^

チキです♪

 

 

最近はお仕事で日本語を使うことが増えて

韓国語と日本語が7:3くらいになってきてるかなという感じなのですが…

 

もう韓国語で困るということはほとんどなくて

むしろ日本語ではあまりやったことのない学会発表とかは韓国語の方が楽なくらい。

 

それでも

あ~やっぱり外国語だなぁと思うことがあります。

 

知らない単語が出てくるとかもそうなのですが、

知ってる知らないより、薄いな、と思うことが多いです

 

例えば、先生が授業中、私の隣に座っていた後輩に質問しました。

「○○は飲み物やご飯が熱い時に、”덥다(天気が暑いというときに使う)”を使える?」

 

後輩:「使えません」

飲み物やご飯には”뜨겁다”という他の表現を使っています。暑いと熱いの使い分けみたいな。

先生:「え、そうなの?俺使うけど」

自分から訊いといてびっくりするパターン

 

すると後輩:「使えないっすよ~笑」

そうすると他の韓国人学生も使えないよ~とか、聞いたことあるよ~とか、ざわざわ 

 

このやりとりを見ている私はどうするかというと、他の後輩に目配せして訊きます。

「使える?あんたは?え?どうなの?」てな具合に。

どうやら五十代以上の人は使うということだったらしいのですが。

 

 

こういった質問は、私は自信をもって使える、使えないを答えられません。

聞いたことはない、でもだからといって使えないわけではないのかもしれない。

外国語のある表現について、ネイティブの後輩のように自信をもって「使えない」とは言いきれないのです。

 

 

私が知っているのは

私が勉強を始めた2008年~2018年の韓国語のうちの、ごく一部。

しかも新聞や放送で使われる、正しいと言われている韓国語が入口となっています。

 

 

 

生まれてからずっと韓国語を使ってきた人と比べると、

歴史や感覚がないのです。

 

 

私は発音にかなり力を入れていたので、

今は私の発音であれ?何人?となることはほとんどありません。

 

日本人だと自分から言わないと、韓国人だと思われることが多いです。

 

それでも授業を聞いていたり、友達とおしゃべりしていると、

たった二十~三十年ですがその人の韓国語話者としての歴史を感じる気がします。

 

それが私にはないし、これからも十年、二十年と増えてはいっても、根っこが育つことはない。

 

なんだかそう考えるとちょっと空しいような気もしますが

これからの時代、日本にも韓国にもそういう人は増えると思うし、

根っこが浅くてもいくらでも育てられるのが言語のいいところじゃないかなと思います。

 

日本語では深い根があるし、その根を使って韓国語について考えることだってできます。それは私の武器だと思います。

 

 

 

ポーランド語もついつい、ネイティブの人のユーチューブとか見ちゃって焦ったりへこんだりしますが、マイペースで頑張ろ!

 

 

さて今日は久しぶりに会った先輩とケーキ食べました。

ケーキもコーヒーもシェアというところが韓国っぽい…

 

f:id:chocochick:20180404110105j:plain